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にょろにょろブログ

にょろにょろと地をはいつくばりながらえへへと笑っている

10歳くらいのときに死にたかった話

 誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。それは自殺者の自尊心や或は彼自身に対する心理的興味の不足によるものであらう。僕は君に送る最後の手紙の中に、はつきりこの心理を伝へたいと思つてゐる。尤もつとも僕の自殺する動機は特に君に伝へずとも善いい。レニエは彼の短篇の中に或自殺者を描いてゐる。この短篇の主人公は何の為に自殺するかを彼自身も知つてゐない。君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであらう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示してゐるだけである。自殺者は大抵レニエの描いたやうに何の為に自殺するかを知らないであらう。それは我々の行為するやうに複雑な動機を含んでゐる。が、少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。君は或は僕の言葉を信用することは出来ないであらう。しかし十年間の僕の経験は僕に近い人々の僕に近い境遇にゐない限り、僕の言葉は風の中の歌のやうに消えることを教へてゐる。従つて僕は君を咎とがめない。……(芥川龍之介 或旧友へ送る手記)

一見理由なく自殺してしまう人は、実はみんな芥川が言うように「将来に対する唯ぼんやりした不安」で死ぬことを選んでるんじゃないかと思います。

かくいう私にもぼんやりと不安で死にたい時期があった。10、11歳くらいのとき。
今思えば厨二病的なものだったのかもしれないけど、そのときは本当に毎日死にたいと思ってました。

毎日同じ生活。学校では毎日同じような授業をし、友達は毎日同じ話題を繰り返し、同じように日々が過ぎる。面白いことなんて何もない。こんなことがあと何年続くんだろう。学校にはまだあと6年、いや10年くらい行かないといけない。そのあとは働く。働いたらきっと今よりもっとつまらなくなる。「小学生、楽しそうでいいね」なんて大人はいう。たしかに大人はみんな毎日あくせく働いて大変そうだ。じゃあ人生で楽しい時期のはずの今、こんなに人生がつまらない私はどうなるの?これから先、生きてて楽しいことなんてあるの?生きてる意味はあるの?私のことをわかってくれる人なんているの?

毎日こんなことを考えてました。ほんとに。変に心配をかけてめんどくさいことになるのは嫌だし、そのときは多分誰にも相談しなかったと思う。それに、周りの人を悲しませたりするのも痛いのも苦しいのも嫌なので、自殺未遂とかはしたことありません。
でもつまらない世界から逃げたいってずっと思ってた。

そこで誰かに言いたい、同じような年で同じ気持ちの人を探したい、と思ってインターネットを徘徊しだして、世の中は広くていろいろな人がいることを知りました。他にも、塾に行きだして勉強が楽しくなったりしたこともあり、11歳の半ばくらいには死にたいとは思わなくなりました。塾に行って中学受験をしたい、と言ったのも、同じことの繰り返しの世界から、何もかも全然違う世界に逃げたかったからかもしれません。

私が何かを頑張るときや何かをやってみるときの原動力は、基本的に「逃げたい」「抜け出したい」という気持ちです。ずっと同じのつまらない世界から抜け出したくて勉強してる、っていうのは、11歳のときも今も変わらない。
そのとき逃げる努力をしたおかげで今がある。広い世界を見る前に死ななくてよかったと、今は本当に心から思います


死にたい気持ちを克服しだした頃に、ぼんやりと「こういう大人になりたい」と思っていた姿があります。「今の自分とはかけ離れてる」とそのときは思ってたけど、10年余り経った今、結構その望んだ姿になれていると私は思います。
たとえば、「英語をしゃべれるようになる」。別にペラペラとかではありませんが、人の言ってることがだいたいちゃんとわかり、最低限自分の言いたいことが言えるようにはなっています。
はっきりしたものでなくても、「なりたい姿」を思い浮かべることって本当に大切なんだなぁと思います。

「将来に対する唯ぼんやりした不安」を持ってる人はこういうなりたい姿を思い浮かべることさえ難しいのかもしれない。
でも、少しでもこうなりたいという姿があるなら、それを忘れないで、毎日惰性でも生きててほしいと思います。望んだ姿になるのは無理だと今思ったとしても、10年後にはわからない。具体的な努力を今すぐに始めなくても、小さな希望を持ってるだけで、少しずつ少しずつ、行動はなりたい姿に引き寄せられてくんじゃないかなぁ、と思います。

今の私の状況も、決してベストな状況ではない。悪くはないけど、すごく抜け出したいと思ってて、だからほんとに少しずつだけど頑張れてる。
そして何より今はなりたい姿があって、そのお手本になってくれる人生の先輩が周りにたくさんいます。

最近いろいろ疲れてきたけれど、そんなことを思い出して、もっともっと頑張ろーっ、と思い直したのでした。

大切なのは逃げることと、ぼんやりとでもなりたい姿を持ち続けること。